1896年5月18日 – 1963年7月13日 67歳
マーティン・ムンカッチはハンガリー出身のユダヤ人写真家。ファッション写真、アクション写真の先駆者として、アンリ・カルティエ=ブレッソン (1908–2004, 95) やリチャード・アヴェドン (1923–2004, 81) など後世の巨匠写真家に多大な影響を与えた。

写真を独学し1921年にハンガリーの新聞「Az Est」でスポーツ報道の写真家としてのキャリアをスタート。第一次世界大戦中はオーストリア=ハンガリー帝国軍に従軍し作家や記者として働いた後、プロの写真家となった。31歳でベルリンに移り、ツェッペリン号や女優グレタ・ガルボ、1933年ヒトラーにドイツを引き渡された「ポツダムの日」など、さまざまな撮影に恵まれた。

1933年、キャリアを追求するためニューヨークへ移り、『Harper's BAZAAR』誌の名編集長カーメル・スノー (Carmel Snow, 1887–1961, 73) に見出され破格の10万ドルで契約。室内でポージング撮影していたファッション写真に屋外での撮影、群集や動き、モデルの自然な表情などを取り入れ、数多くの斬新なファッション写真を発表した。二度の離婚、娘の死、闘病を抱えたまま契約は更新されず、1939年にキャリアは早々に終わり晩年は貧困に陥った。

1963年7月13日、サッカーの試合を観戦中に心臓発作を起こし他界。なおハンガリーでは日本人同様、世界的にめずらしい「姓名の順」で「Munkácsi Márton」(ムンカーチ・マールトン)と表記され、ハンガリー出身の建築家マルセル・ブロイヤー (Marcell Breuer) も「Breuer Marcell」となる。
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